チェロ独奏曲物語

by D.K.A.

やっと着いた。
さぬき市を9時に出て今は2時だ。
正面に茅葺の里らしいものが見えてきた。
 
これが美山か。
古里の藁葺屋根の農家はもう少し傾斜が緩やかで千木みたいなのが無かったはずだ。
すでに古里の藁葺屋根が消えて半世紀以上経っている。
デジャヴと言おうか何やら幻想の世界に入ったようだ。
この先を行くと山奥に入っていく。
しかし大森さんもいいところに目を付けたなあ。
  
丁度二週間前、マック・コーポレーションの深野さんに受注楽器の出荷依頼をした後、次のようなやり取りがあった。
「ところでモスの大森さん、どうしてる?」
大森さんは私の松本時代の一年先輩の戦友だ。
マック製品を扱っていた。
インターネット上のヴァイオリン・レイトスターターの会「中高年からはじめるバイオリン」の仲間でもある。
「例の特注のチェロが来たので取りに来て、また山篭りみたいですよ。」
「へ〜。でチェロはどうでしたか?」
「なかなかいい音でしたよ。いままで家が建つほどチェロを買い換えたけど今後はこれ一本でいける、とかいってましたよ。」
「はは、替えたほうがいいのはチェロじゃなくて腕でしょ。」
「それも言えますけど大森さんの腕もあがりましたよ。」
「そうかあ、あれからもう6年か。」
そう、最愛の奥さんを亡くしてから6年。その後しばらくして鎮魂のためチェロを習い始めた。 そして息子を呼び寄せ後継者とし、本人は昨年一線を退いた。
「そうですか。じゃあそのチェロを見に行ってきますか。」
「そうしてください、メールで地図を送りますから。」
という事で今回の美山行きとなった。
茅葺の里を通り抜け暫く行くと谷川が流れている。日本の原風景だ。
陽は傾きはじめて
どうやら目的地は目前だ。
向こうの屋根のある橋が入り口だ。
これだ、これだ。
奥の茅葺が母屋だな。
懐かしいなあ、子供の頃は何処にでもあった風景だ。
この橋を渡ってと。
さあ、着いたぜ。
おお、物置の陰にまだ雪が残っているぜ。
大森さんが迎えてくれた。
老け込んだ「サラリーマン金太郎」みたいだ。
「相変わらずチェロやってる?」
「もちろん、もちろん。」
早速チェロを見せてもらった。
これがカルロ・ジョルダーノ SC−240か。
この妹分のSC−200はかつてNHKのドラマ『父に奏でるメロディー』に使われた事がある。私が売った。
それの上位機種ということだな。
中々いい面構えのスクロールだ。
それにエボニーの糸巻きもしっかりしている。
いい色のスプルーストップ。上級スプルースだ。
黒檀らしい重厚な指板だ。
最上級デスピオの駒だな。表板にぴったりついている。
fホールの加工も良い。
弦はA,Dがヤーガー、G,Cがスピロコアだね。
ああ、ウイットナータイプの4アジャスターのメタル・テールピースね。調弦し易いね。
サイドもきれいね。
上級メイプルね。
Cバウツもまあまあだ。
ふくよかなバックだなあ、ブックマッチだ。
上級メイプル使用というところだね。
ネックも上級のメイプルだ。
下のほうはちょっと完璧なブックマッチとはいえないけれど。
エンドピン回りもしっかりしている。

さあ、音はどうかな?


ここにSC−240より1ランク下のSC−200のメーカーの音源がある。
ヴァイオリンはVS−3,ヴィオラはVL−3 いずれもカルロ・ジョルダーノのモデルだ。

大森さんがそれより上級にあたるSC−240を弾いてみた。
なるほど、いい音がする。チェロらしい深い、豊かな音色だ。
芯のある十分な音量もある。
音の立ち上がりもスムーズだな。
これならこれから始める人にも使いやすし、大森さんのような中級者も十分満足できるクラスだ。




じゃあ、次は「チャルダーシュ」、録音しよう。
・・・。
いきなりにしてはいいね。
後半、少し失敗したけど。




積もる話は尽きなかったがふと外を見るとすでに陽が蔭っている。
大森さんが「美山町自然文化村 河鹿荘にいい風呂があるから行こう。」といいだした。
いいタイミングだ。長距離のドライブとなれない合奏で疲れていた。
大きな駐車場の地産施設だ。
入って古民具やみやげ物を見ながら奥の銭湯に向かった。
大きな風呂場に他の客はいなかった。季節的にはちょっと外れていたようだ。
きれいな湯が気持ち良い。
・・・。
「さて帰って猪鍋を食べるぞ!」と促した。
大森さんは台所に立っていった。
そして私は小一時間庭の見える部屋でヴァイオリン練習。
やがて「出来たぞ!」の声。猪鍋、べラボーにうまい。
二人とも酒には弱い。
コップ二杯づつのビールでほろ酔い加減だ。
楽器には玄人でも音楽には素人の音楽談義が続く。
周りの家具はほとんど黒くなっている。
そのタンスの上に写真が飾ってある。
よろよろと立ち上がって見に行った。
全ての写真にメガネをかけた品のいい奥さんが写っている。ヴァイオリニストだった。
お互いに独身のころかつての大森さんの社長に「二人ともゲテモノ喰い」と笑われた時代があった。
しかし大森さんは結婚には最良の人を選んだようだ。
だが彼の還暦前に亡くされた。
それから暫くしてチェロをやり始めた。
「還暦からチェロ?」笑えなかった。

それから二年後私は還暦を一年過ぎてヴァイオリンをやり始めた。
一人娘が遠くに嫁に行く事が決まってからだ。
「二人とも超レイトスターターだね。」とつぶやくと
「でも考えるとそれが自然の姿じゃない?30、40代で楽器を始めるのはおかしいよ。その頃はまだまだ仕事の勉強に力を入れるべきだよ。」と大森さん。
「それもそうだ。」と私。
「人生の無常を感じたとき、楽器は癒されるからなあ。私からヴァイオリンを取ったら残りの人生何も無い。」
「私からチェロをとっても何もない。」と大森さん。
「でももう少しは上手くてもいいなあ、やはり50代から始めれば良かった。」
「アグリード(同意)」。
「でもその頃は忙しかった。」
「それが人生さ。」
大森さんのチェロ曲に「独奏曲」に拘る理由が突然分った。
ヴァイオリンと合わせたくは無かったのだ。
50代以降から楽器をやる人には独特の人生観が宿っている。
・・・・・・。
朝だ。
この庭で朝食前の練習をした。
朝食後簡単な音合わせをして暇を告げた。
日暮れまでに帰り着くには長居はできない。
「じゃあ、カルロ・ジョルダーノでまた楽しみましょう!」
「私はヘンシェン!」
道まで送りに出た大森さんが大きく手を振っている。
「これからまたチェロの練習するよ〜!」



HAV-AM3
ヘンシェン・アマティ
289,800円(税・送料込み)

上流の橋を渡って対岸の道を下ってくるとかすかにチェロの音が聞こえる。
車の窓を開けると「バッハ・チェロ無伴奏組曲IVサラバンド」だ。
さようなら美山、そして大森さん。
大森さんはカルロ・ジョルダーノSC−240、私は「ヘンシェン・アマティモデル タイプ3」が最後に残された伴奏者だ。
私の妻は娘の子供達のために遠方に行ったままだ。
大枚16,000円をはたいて「延命措置不要」の公正証書も作ってもらった。

そしてその夏、私は思いがけない人から電話を貰った。
福井の岩さんだ。彼もヴァイオリンのレイトスターターでネット上の「中高年からはじめるバイオリン」で知り合った仲間だ。
「大森さんが亡くなったそうです。明後日13時から茅葺の里の自宅で告別式です。」とのこと。
・・・。
お昼前に茅葺の家に到着した。
岩さんはヴァイオリンを持っている。
聞くところによると5日ほど前大森さんから名古屋の長男に電話があり、「私が死んだら福井の岩さんに『ショパンのノクターン』を葬送曲代わりに弾いてもらってくれ」といったらしい。
その後2日ほどして電話をしても不通のため不審に思ってきてみるとチェロを抱えたまま亡くなっていたという。死因は脳梗塞とのこと。
にっこり笑って死んでいたらしい。
話をしているときに京都在住のこれも50代からヴァイオリンを始めた団塊世代の「少納言」さんがやってきた。「中高年からはじめるバイオリン」の仲間だ。
岩さんが「ショパンのノクターン」を弾き始めた。
・・・。
「ヴァイオリンをやっていてよかった。私もこうやって仲間に送られたい。」少納言さんがつぶやいた。


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